読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元ACIA

#ユダヤ人 #真実 #真相 #謎 #なぜ
オウムはなぜ、機密文書を北朝鮮に渡したのか?見返りに、北朝鮮は何をした?
オウムACIAは、今も潜伏し、破壊活動を準備しているのではないか?
サンデー毎日2000年3月26日号の記事を読む限り、こう考えるのは不合理だろうか?オウムは、強制捜査を回避するため、国松長官の狙撃を北朝鮮に依頼したと。

オウムの秘密組織,ACIAは、オウム幹部ですら存在を知らない極秘組織だった。ACIAは、逃亡中の平田・高橋を含め健在であり、地下活動に従事しているのではないのか?保険金殺人組織とは、この連中のことだったのか?
サンデー毎日3/26
驚愕スクープ!北朝鮮に「サリン製造文書」が渡っていた
オウム秘密組織ACIAメンバーの証言



オウム真理教(アレフに改称)に非公然活動を担当するACIAと呼ばれた組織があった。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との交渉も手がけていたという。そして教団への強制捜査直前、ACIAから北朝鮮工作員にある機密文書が手渡されていた……。

「ボスが北朝鮮に渡したのは、当時、教団が取り組んでいた兵器開発の資料に間違いありません。当然、サリンの製造・実験データも入っていると思います」衝撃的な証言の主はかつてオウムの秘密組織メンバーだった元信者、X氏だ。氏は1990年前後、オウム真理教に入信して出家した。もともと「超能力やヨガに興味があった」というX氏だが、出家後所属した教団の秘密組織「ACIA(AUM・CIA)」で目の当たりにした教団の実態は、宗教活動にはほど遠い非合法活動のオンパレードだった。
「尊師(麻原彰晃被告)から〃フリーメーソンから人類を救済するためには、違法行為も許される〃と教わりました。その言葉を信じ、純粋な修行として行動していました」
X氏は教団の建設班などに所属後、後に教団の自治大臣となる新美智光被告の指揮で、救済の名のもとに行われた非合法活動に従事した。95年3月、捜査当局による教団への一斉強制捜査を契機に、「教義に疑問を感じて」教団を脱会した。
そのX氏が、地下鉄サリン事件直前、極秘で行われた教団幹部と北朝鮮工作員との密会について語ったのが冒頭の証言である。ここでいう「ボス」とは、麻原被告ではなく、新美被告を指す。普段はホーリーネーム(教団名)で呼び合うが、ACIA内部では新美被告をボスと呼び、トッブに置くという裏部隊ならではの規律があったようだ。
「ACIAメンバーの前でボスが、こう言ったのです。『これから北朝鮮の人に会いに行かなければならない。機密書類を渡す約束がある』。それからボスは高橋(克也容疑者──特別手配中)に車を運転させ、新宿区内にあるホテルに向かいました。ボスには平田(信容疑者──同)も同行していたような気がします」
施設に戻った新美被告は、ACIAのメンバーに、「(書類は)渡してきた」と言ったきり、二度とその話題に触れることはなかったという。
X氏は、新美被告が北朝鮮側に渡した資料について、こう断言する。「仮谷清志さん=目黒公証役場事務長(当時)=の拉致が明るみに出てしまい、警察の動きも読めずに当時の教団は混乱していました。差し迫った状況のなかで、サリンやVXの毒ガス、ボツリヌス菌や炭疽菌などの生物兵器に関する製造法や実験データを渡すことで北朝鮮に支援を頼んだのだと思うのです。もちろん、ボスの独断で実行できるわけはなく、麻原の指示で北朝鮮に渡したはずです」
X氏自身もー度、北朝鮮の工作員とみられる人物に会っている。93年の募れ、やはり新宿駅近くの喫茶店でACIAの幹部が密談している時だったという。
「ボスが2人の男を連れてきたんです。ボスが言うには、2人は『北朝鮮の社会安全部の人間だ』ということでした。社会安全部がどういう部署なのかわかりませんでしたが、2人は背広を着ていて礼儀正しく、外交官だと思っていました」
北朝鮮ウオッチャーによると、社会安全部は北朝鮮国内の警察組織とみられるが、スパイ活動の実態は不明だ。

松本サリン事件のデータも!?
今となっては2人の正体も目的も確かめようがないが、X氏が男たちに会った93年末といえば、オウムが初めてサリンの生成に成功した時期でもあり、何とも不気味な符合ではある。
「地下鉄サリン事件直前に教団が出版した麻原の本を見れば、当時の教団の状況がわかってもらえると思います。最終戦争を強く意識させる内容ですが、兵器についても詳細な記述があります。麻原以下、教団は最終戦争(ハルマゲドン)に備えた武装化に専念しており、北朝鮮に資料を渡して、最終戦争を乗り切ろうとしたのではないでしょうか」
X氏が指摘する本とは、オウム出版が95年3月2日に発行した『日出づる国、災い近し』のことだ。
麻原被告が予言する最終戦争で使用される兵器類について、科学技術省長官だった村井秀夫幹部(故人)をはじめ、中川留正被告=法皇内庁トッブ、土谷正案被告=化学班キヤツブ=ら理系エリートの幹部信者が解説している。同書ではレーザー、マイクロ波兵器からサリンなどの毒ガス兵器、ボツリヌス菌、炭疽菌などの生物兵器まで、教団武装化計画に通じる内容が盛り込まれている。そしてサリンやVXガスが実際に使われたのと同様、炭疽菌の培養計画や、殺した遺体の焼却に使われたマイクロ波装置の存在などが事件捜査の過程で明らかにされたのだ。オウム内部に、あらゆる兵器データの蓄積は十分過ぎるほどあった、と言っていいだろう。
「松本サリン事件(94年6月)の時には、麻原被告から尊師通達が出ました。内容は『オウムに対する攻撃であり、公安当局の示威行動だ』というような内容だったと思います」(元信者)
松本事件の被害状況もデータ化され、機密書類として工作員の手に渡っていたとすれば、身の毛もよだつような話だ。そもそもオウムにとって、北朝鮮とはどのような位置付けにあった国なのか。
(中略)
炭疽菌で首都圏の死者12万人
こうした北朝鮮との折衝をはじめとする非公然活動を主任務としたのがACIAだった。X氏によると、94年6月にオウム省庁制度が発足する前から教団の闇を支え続け、犯罪の源流となった集団、だという。教団内にACIAが創設されたのは89年11月に起きた坂本弁護士一家殺害事件後だった。X氏は、「事件への関与は否定していましたが、麻原は内心、警察の動きをとても気にしていました。そこで、新美に〃警察の捜査状況を探れ。警察への対応を誤るとオウムが潰されるぞ〃と命じ、ACIAという組織を作らせたのです」と語る。
麻原被告の指示を受けて、ACIAは捜査本部の置かれていた神奈川県警磯子署の官舎などに盗聴器を仕掛けるなどして、さっそく警察の動きを探ったという。「教団に敵対する組織や個人に対して盗聴、尾行、郵便物の開封を行うとともに、脱会信者の拉致など、あらゆる非合法活動を一手に引き受けていた」(X氏)
初期のメンバーは新美被告のほか、諜報省大臣の井上嘉浩被告、裁判で検察側から死刑の求刑を受けた林泰男、端本悟の両被告、警察庁が特別手配している平田、高橋両容疑者らが加わっていたとみられる。X氏が所属していた最盛期には40〜50人のメンバーを擁する組織に膨れ上がっていたという。

しかも元幹部によると、「私はオウム発足当初からの信者でしたが、そんな秘密組織があるなんて全く気付かなかった。省庁制度が出来るころになって、なんとなく『まずい仕事をやっている部署があるようだ』と思いましたが。それに秘密組織の存在を知っても誰
も余計なことはしゃべりませんよ。秘密を漏らすと地獄におちる、というのがオウムの教えでしたから」という。秘密主義という教えの中で、ACIAは着実に発展したようだ。

省庁制度の導入後は新美被告が自治大臣となってACIAの任務を引き継いだが、「新美同様に、ACIAの中でもカギ開けの技術などで優れた才能を発揮した井上はCHS(諜報省)のトップに任命されました。組織上はそれぞれ独立したわけですが、秘密行動をとる場合は新美、井上、早川らが混成部隊を作り連携しながら行動していたのです」(元幹部)
それにしても、カギを握る麻原、新美両被告が法廷での延言を拒み続け、平田、高橋両容疑者が逃走中の状況では、オウムに関するブラックボックスといえる北朝鮮とACIAとの関係はなかなか見えてこないが、事実とすれば日本にとって大変な脅威であることは間違いない。
99年版の防衛白書でも、北朝鮮に関しては、核開発疑惑と並び、生物・化学兵器や特殊部隊の存在に触れて、「東アジアの安全保障にとっての重大な不安定要因」と位置付けている。
また、昨秋、米下院外交委員会の公聴会で英国の軍事専門家が明らかにしたところによると、「北朝鮮には90〜160発の化学・生物兵器弾頭がある」と報告された。防衛庁が米軍資料などを基に算出した被害想定では、炭疽菌を搭載したミサイルが首都圏に着弾すれば「死者は12万人」とも言われる。
「サリンもさることながら、生物兵器、特に炭疽菌には予防法も治療法もない。首都圏に落ちれば、最終的な被害は核弾頭より大きくなる」と指摘する関係者もいる。

次ページへ